第36、37回講座「里山の保全論、里海・里沼の保全論」

講師 大野啓一、林紀男
開催場所 中央博物館
開催日時 2012年10月25日

テーマは、「里山の保全論」・「里海・里沼の保全論」
中央博物館にて座学&フィールド学習

 両講座とも、前半は講堂での講義、後半は隣接する野外博物館・生態園でフィールド学習が行われた。本日の講座は、シニア自然大学でしばしばテーマとなる里山・里海の保全についてである。深刻なテーマであり、どんな講義が行われるのか多少構えて臨んだが、前半の講義は、興味をかきたててくれる話題に聞き入り、後半は、耳で得た知識を現場で確認し理解するという、この講座の特色である座学&フィールド学習を十分に楽しむことができた。参考になり、且つ、肩の凝らない講義であった。

大野 啓一講師林 紀男講師

 マスコミ等でも取り上げられることの多い里山・里海の保全というテーマは、シニア自然大学でも数度聴講していたので、少しは解っていると思っていたが、それは中途半端な理解であった。そのことを二人の研究者が教えてくれた。
午前の里山保全の話は、雑木林に伝統的な管理が加わらなくなり数十年が経ち、雑木林が大きく変化している現状では、その再生はいろいろな観点から相当難しくなっているという内容。昔からやってきた落ち葉拾い、下草掻き、定期的伐採が雑木林管理の方法であるが、落ち葉を拾い下草を掻くという作業で林が再生するというわけにはいかない。落ち葉を必要とする植物、刈ってはいけない植物のことなどを知った上でこの作業を行うことが求められるという。等々、里山再生の難しさを改めて教わることになった。
午後からの講義は、具体的事例の発表があり、興味深く聞き入った。沼の底に残った植物(底生植物)の種を再生させ、これらの植物と共存するミジンコが生息する環境を作りだす、こうした環境づくりにより沼の水を透明にさせるという新しい手法による里沼再生の話であった。現在、印旛沼で採取した底生植物を再生させる試みが中央博物館のバックヤードで行われていて、幸いその現場を視察する機会を得た。これは大変参考になった。中央博と千葉県による共同事業として行われており、順調に捗っているようで印旛沼の現場で実際にうまく再生するか、次のステージに入るという。期待したい。

第36回講座「里山の保全論」

講師 大野 啓一氏(千葉県立中央博物館 庶務部教育普及課長)
日時 10月25日(木)10:00~12:00 
場所 千葉県立中央博物館
内容 前半は雑木林についての概論、後半は展示室での解説、生態園に出向き、植物・植生と管理の考え方や取組みについて現場で話を聞いた。

 説明するのにおもしろい資料だとのことで、武蔵野の雑木林の特色がうまく描かれている随筆「自然と人生」(徳富蘆花著)の1頁がスクリーンに映し出された。コナラ、クヌギ、イヌシデ、エゴノキなどの若木、切株から枝分かれする低木、下草が掻かれている地面の様子などが書かれていて、更に、専門家もうならせる細かい描写、例えば、角に仕切られた林分のこと、林群、パッチモザイク構造など、その特色がもれなく描かれているという。随筆に記されたキーワードを抽出して、その一つ一つを解説された。

生態園で解説中の大野講師生態園で雑木林の若返り

植物の生活史を研究する大野講師の「里山の保全論」は、雑木林の昔(本来)の姿、そこに生える草や樹木の管理、危ぶまれる雑木林の話を中心に講義が行われた。房総の雑木林は、北総台地では松、中部ではコナラ、南部ではシイやカシの常緑樹が多いのが特色となっている。農家はこの雑木林から木材、薪、屋根ふき材料、キノコ、薬草などの恵みを享受し、家畜の飼料、堆肥などとして利用していた。そのため毎冬の下草刈りと落ち葉掻き、10年毎の定期的な伐採が伝統的に行われていて雑木林はほどよく保全されてきた。しかし、雑木林に伝統的管理が加わらなくなって数十年が経ち、雑木林も大きく変化してしまったため、千葉県では雑木林は絶滅寸前であるという。

大野講師は、放置された林がどのように変化していくのか、埼玉県所沢市の雑木林で調査してこられた。その様子をスクリーン上に映し出し解説された。高度経済成長期を境に里山を取り巻く環境が変化し、下草掻きや落ち葉拾い、定期的伐採という伝統的な里山の管理が行われなくなった林は、笹や低木が増え、ニガナやリンドウ、その他多くの草が減っていったという。伐採が行われている林では切り株のひこばえ(孫生え)から芽が出て林へと再生していくものだが、伐採が行われなくなった林では、若返りが行われることなくそのまま樹齢を重ねていくことになる。研究の結果、樹齢とその切り株から生えてくる若芽(ひこばえ)との関係(ひこばえ率)が判って、林の再生率が測れるようになったという。年齢が経つとその率は減っていくことになる。1960年代以降、雑木林の管理は行われなくなっているので、もう50年が経過している。ここまで放置していると、ひこばえ率は半分にまで低下しているそうである。又、木が大きくなり過ぎたり、老化することによって、雑木林の再生は、株密度が低下し、困難度が増すことになるという。

展示室にて里山保全の解説生態園で里山管理について解説

 雑木林の景観は、明るい伐採地跡地から成長した暗い林の中にいろいろなサイズと樹齢が織りなすパッチモザイクである。明るさが異なる環境がせまい範囲でモザイク的に組み合わされて作り出されている。宅地造成などの外部からの影響や樹木自体の高齢化や孤立化などで林の若返りが困難となっていることに加え、林の構造や樹木の種類の変化によって、この雑木林のモザイクが少なくなりつつある。私たち一般市民がその再生のために出来ることにボランティアによる下草刈りがあるが、それでも雑木林が単純に元に戻るということにはならないようで、再生には高いハードルがあると指摘された。

博物館の展示場で本来の里山の姿を再現した展示を見ながら詳しい解説があった。その後、野外展示が見られる生態園に行き、大野講師をリーダーに萌芽更新や下草刈り・落ち葉掻き、固体保護、伐採木・落ち葉集積、落ち葉溜めなど伝統的な管理が行われている雑木林を観察した。イヌシデ、コナラ、クヌギ、エノキ、ムクノキなどを見かけた。一昔前の雑木林の名残も見ることができ、その一角には開園前の植栽・移植をベースにした雑木林も作られていた。

第37回講座「里海・里沼の保全論」
講師 林 紀男氏(千葉県立中央博物館生態環境研究部生態学研究科上席研究員)
日時 10月25日(木)13:00~15:00
内容 前半は印旛沼のミジンコとアオコの話、後半は生態園の舟田池で里沼の話を聞き、
バックヤードで行われている底生植物の再生の様子を視察した。

野鳥が飛来する舟田池水生植物の再生実験

林講師は、ミジンコとアオコが何を食べ、どんな関係をもっているのか、淡水湖沼の方
を専門とする気鋭の研究者である。そのミジンコとアオコのことから講義は始まった。
筆者は、南房総・館山の夜の海でミジンコを手の平に載せてもらい発光状態を観察したことがあった。海の掃除屋さんと親しまれている生物だったので海に棲んでいるものと思っていたが、淡水にも生息していることを今回知った。このミジンコが、海の掃除屋ではなく、沼においては水を透明にさせる役割を果たすという。
印旛沼ではラン藻類のアオコが発生し沼の環境に悪い影響を及ぼしているが、この植物プランクトンであるアオコを食べるのがミジンコ。日中は沼の下に居るが夜間に水面まで上がってきてアオコを食べ、そして、沼の水を濾し透明してくれるという。このアオコとミジンコの生態を研究して、印旛沼の再生に活かそうと林講師は取り組んでおられる。

アオコのことである。夏、湖沼の水面が抹茶の粉が撒かれたように覆い尽くされているのを見たことがあるが、この水面を占拠しているのがアオコであり、植物プランクトンが大量に増殖したもの。インターネットで検索してみたら、「アオコ(青粉)とは、富栄養化が進んだ湖沼等において微細藻類(主に浮遊性藍藻)が大発生し水面を覆い尽くすほどになった状態。粒子状の藻体がただよって水面に青緑色の粉をまいたように見えることから、青粉(あおこ)と呼ばれるようになった。」とあった。
何故、緑色のラン藻にアオ(靑)の字が当てられているのか? 漢字では藍藻と書き、英文ではgreen-blueアロジーと表記されるように、青い色素をもった植物プランクトンである。周辺の川から窒素やリンなどの栄養物質が多く流入し、富栄養化した沼でアオコが発生するとされるが、水面一杯を覆い尽くす状態(異常繁殖)が実はアオコが生き残るための戦略であるとの林講師の解説はおもしろかった。

透明になった水と復活した水生植物水生植物の再生実験案内板

これまでの研究により、沼岸植生の再生が水域の透明度向上に大きく寄与していることが明らかにされている。沼の底質中に生きたまま休眠している種子の集まり(土壌シードバンキングという)を再生させ、それを沼岸植生の再生へつなげていくという取り組みが始まっている。土壌シードバンキングを資源として活用する再生工法の実証実験が各地で行われているそうで、その実験がこの博物館でも行われていた。
講義が終わり、生態園にある舟田池を見渡す場所に出かけ、この池の再生活動にも取り組んでこられた林講師の話を聞いた後、バックヤードの一角にある印旛沼の沈水植物を再生させる実験現場を訪れた。沼の底から掘り出された数種類の沈水植物が、水槽の中で休眠から覚め、ミジンコにより透明になった水の中で生育していた。

余談になるが、プレゼンテーション用に作成されたミジンコのキャラクターについて一言。これがなんとも可愛く、チーバクンよりも可愛いと終了後話題に上るほど。恐らく子供たちのために作成されたものだろうが、シニアの心も掴んでしまった。

次回は、第26回講座 11月1日(木) 10:00~12:00
講座名:気象入門
講師:石井 賢次氏(日本気象予報士会 気象予報士)
会場:きぼーる内千葉市科学館9F科学工作室

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